修心流居合術兵法とは

修心流居合術兵法は、町井勲によって創流された居合術の流派です。ここでは、その成り立ちと源流、そして修心流が捉える本来の居合について紹介します。

無雙直傳英信流 町井派から修心流へ

修心流居合術兵法は、平成17年に町井勲によって創流された居合術の流派です。もともとは「無雙直傳英信流 町井派」として活動していましたが、現代の居合界が抱える諸問題に対し、武勇としての真理を追及するために独自の道を歩む決意から現在の流名に改められました。

源流としての林崎夢想流と英信流の系譜

その源流を辿ると、室町時代に林崎甚助源重信が興した「林崎夢想流」にまで遡ります。江戸時代中期の第七代・長谷川主税助英信による帯刀業への改編や、第九代・林六太夫守政による正座の業の導入を経て、大正期に第十七代・大江正路によって現在の「無雙直傳英信流」という体系に整理されました。

その後、二十代・河野百錬を通じて全国へ普及しましたが、その没後は継承争いや分裂が繰り返される激動の歴史を辿っています。

本来の居合とは何か

一般的に「居合」と言えば、刀の抜き差しや試し斬りをイメージする人が多いかもしれません。しかし、そのイメージは明治以降の間違った情報操作によって世界中に拡散してしまったものに過ぎません。

本来の居合とは、互いに名乗りをあげて勝負を決する「立会(たちあい)」の対義語であり、「居合ったその瞬間」のすべてを指す「武術」です。突然の襲撃への対応のみならず、自ら襲撃を仕掛けることも含まれ、刀に特化せず素手での格闘や、手元にある槍、薙刀、杖、手裏剣、弓といったあらゆる得物を応用する包括的な「総合武術」こそが真の姿なのです。

居合と体術への変遷

明治の廃刀令以降、腰に刀を帯びることが許されなくなった時代背景を受け、居合を無刀で行う形へと発展させたのが、大東流や合氣道といった体術主流の武術です。

これらは居合の身体操作を体術へと転化させたものであり、居合の系譜を語る上で欠かせない変遷と言えます。

試し斬りと古の刀法

また、現代では居合と試し斬りが密接に関係していると思われがちですが、古の武士たちは現在見られるような試し斬りの稽古をほとんど行いませんでした。

刀というものは、相手の首や手足を両断するような使い方をしていては、いかに名刀といえどすぐに傷み、使い物にならなくなります。一振りの刀を壊すことなく、いかに長く使い続けるか。そのために武士たちが求めた理想の刀法は、力任せに切り落とすのではなく、相手の急所や動脈を「撫で斬る」、あるいは「圧し斬る(おしきる)」という精密な技術でした。

ゆえに、剣術の稽古は重ねても、刀を損なう試斬稽古は忌避されたのです。

真剣稽古に対する考え方

現代の連盟や団体では、一定の段位に達した者に真剣での稽古を推奨しますが、これも歴史的な事実とは異なります。

古の武士にとって居合は「軍事訓練」であり、訓練で怪我を負って実戦で働けぬことこそが武士の恥とされました。そのため、稽古に刃のついた真剣を用いることはありませんでした。

ここには現代の武道と古の居合との間に、思想的な大きな隔たりが存在します。

修心流が目指す武術としての居合

本来の居合とはあくまで実戦のための武術であり、そのために必要な日本独特の身体操作を練り上げるために修練するのが「居合形」です。あらゆる武器を使いこなすための基盤となる身体の使いを、相手を置かず、かつ秘密裏に研鑽するために組み立てられたものが単独の居合形なのです。

町井勲が創設した修心流は、こうした変質の中で失われてしまった「本来の武術としての姿」を取り戻すことを目的としています。

吉岡早龍伝の英信流を基盤としつつ徹底した再編纂を加えることで、単なる様式美や作法の欠落に甘んじる現代の風潮を排し、常に刀を持つに相応しい精神と、実戦の業を純粋に探求する兵法としての道を確立しています。